「知的財産は難しい」とよく言われます。このblogは、知的財産に関する疑問・悩みに答えていく「解説」記事です。「知的財産が分かった」を目指して、すっと理「解」していただけるように噛み砕いて「説」明していきます。
さて、今日のお題は「5年前と比べて3倍-中国での知財訴訟の懸念が高まっていることについて」です。
2021年9月20日の日本経済新聞に「知財訴訟 攻める 中国勢」-こんなタイトルの記事が大々的に掲載されました。
その記事では、近年、知的財産関連法令の改正が相次いで損害賠償請求額が高額化していることや、知的財産訴訟の件数が右肩上がりに上がっていることなどが挙げられ、日本企業としては「守り」を固めることも重要だと締め括られています。
外国で訴訟に巻き込まれるということは、できれば想像すらしたくないことですが、現実に起きているものですので、少し深掘りしつつ、来るべきリスクにどう備えるかを検討したいと思います。
目次
- 訴訟件数は日本の約800倍!?
- 中国で導入が相次ぐ懲罰的損害賠償とは
- 懲罰的損害賠償制度はいつから導入された?
- 訴訟に巻き込まれるとどうなるのか
- 第一審が終わったら上級審?突然の莫大な費用をどう工面するか
訴訟件数は日本の約800倍!?
記事によれば、民事訴訟の第一審の件数で見ても、2016年実績と比較すると今では5倍以上となっていて、2020年は40万件を突破したことがグラフからは伺えます。その記事では、専利(特許・意匠を指して用いられます)に関する訴訟件数が2.8万件超で、著作権や商標の訴訟も増えていると述べられていますが、グラフからすると、2020年実績で、30万件ほどは著作権がらみの事件のようです。残りの商標は7万件強というところでしょうか。
日本の知財関係の民事訴訟の第一審の新規受理件数が2020年実績で500件に満たないことからすると、どれほど多くの訴訟が起きているかは想像に難くないかと思います。
知的財産権関係民事事件の新受・既済件数及び平均審理期間(全国地裁第一審)|知的財産高等裁判所
中国で導入が相次ぐ懲罰的損害賠償とは
損害賠償請求と言いますと、誰かの故意や過失で何か損害が発生した場合に、その損害を補ってもらうことを求めるものをいい、裁判を通じて請求することがイメージしやすいところです。
日本の実務上、損害賠償というのは、簡単に言えば開いた穴を埋めるためのもので、請求できる範囲は、その行為によって実際に支出することが必要になった費用や、その行為がなければ得られたであろう利益(その行為があったから失った利益)、及び慰謝料であって、かつそれが社会通念に照らして相当なものである範囲とされます。
しかし、今回中国で導入が相次いでいる「懲罰的損害賠償」とは、穴を埋めるところに留まらず、その言葉の通り、知的財産権の侵害を行った者に対する「懲罰」という意味合いが含まれています。
この字面からして、日本の損害賠償の仕組みとは異なることがお分かり頂けるかと思いますが、簡単に言えば、知的財産を侵害する者に懲罰を与えるという制度にすることです。
侵害することはデメリットが大きいと思わせて知的財産を侵害することを躊躇わせることで、知的財産を侵害しないように促す、というものとご理解頂いて良いかと思います。
中国で導入されているこの制度下における懲罰的損害賠償の金額は、法律に定められた計算方法で算定された損害額の1倍から5倍までの範囲で、裁判所が損害賠償額を認定することができることになりました。
さらに中国では、懲罰的損害賠償制度に加えて、法定損害賠償制度も導入されており、仮に損害額の立証が困難などの事情で損害額を確定できない場合であっても、予め法律で定める範囲で損害賠償額を裁判所が定めることも認められています。
具体的には、商標については、事案に応じて500万元(約8,000万円)までの範囲で裁判所が損害賠償額を認定することができることとされています。
懲罰的損害賠償制度はいつから導入された?
専利法と著作権法は、2020年の法改正で導入され、2021年6月に施行されたばかりです。
また、反不正競争法は、2019年に改正されましたので、これらの法律においては比較的新しいものといえます。
一方、商標法には2013年の法改正(いわゆる第3次法改正)で、種子法には2015年の法改正で既に導入されており、必ずしも目新しいものではありませんが、商標法は、2019年の法改正で懲罰的損害賠償の倍率と法定損害賠償額の引き上げがなされています。
また、この懲罰的損害賠償に関しては、司法解釈(最高人民法院による知的財産権侵害民事事件の審理における懲罰的賠償の適用に関する解釈 )が2021年3月3日に施行されており、参考になります。
最高人民法院による知的財産権侵害民事事件の審理における懲罰的賠償の適用に関する解釈 |日本貿易振興機構
訴訟に巻き込まれるとどうなるのか
当然のことですが、こちらから訴訟を起こそうというときには、ある程度の時間をかけて準備を行い、準備が整ってから手続きを行うことになります。このため、予想外のタイミングで訴訟を起こす、ということはあまり考えられません。
しかし、いくら訴訟になる前には当事者間で交渉がされることが多いとはいえ、必ずそうとなるとも限りませんし、仮に交渉がされていても、訴訟を起こされるタイミングというのは予想がつかないものです。
訴訟を起こされると、裁判所から応答の機会が与えられます。応答する際には、委任状や法人代表者資格証明などの必要書類も出てきます。
厄介なのが、委任状や法人代表者資格証明などの方式的な書類については、単なる署名や代表印の捺印のみでは足りず、領事認証を取得することまでを求められることでしょう。
委任状や法人代表者資格証明といった私文書であれば、公証役場で公証をしてもらい、それをさらに中国領事の認証を受けるということになりますので、それなりに時間とコストがかかってきます。
訴訟を起こされると、まずはその訴訟に応じるのかという判断に迫られ、さらには必要書類を期限までに用意することも必要となります。
その上で、訴訟を自己に有利に進めるための証拠資料を収集し、整理して、弁理士に送付するということになるのですから、訴訟を起こされていいことなど一つもないのではないかと思ってしまってもおかしくありません。
第一審が終わったら上級審?突然の莫大な費用をどう工面するか
第一審の訴訟について出された判決に不服がある場合、上訴をすることができます。つまり、やっとの思いで第一審で勝訴をしたとしても、相手方に上訴されてしまうと、訴訟事件の解決が後ろ延ばしになってしまいます。
訴訟に巻き込まれると、現地代理人費用のほかに、日本の弁理士費用や、必要書類の領事認証までの費用が発生しますので、とても馬鹿にできない金額のコストが、前触れなく起きてくることとなります。
紛争は長期化すればするほど費用がかかってきますので、ある程度の企業規模になったら、はじめから予算組みをしておくということは必要なことかもしれません。しかし、そうした余裕がない企業としては、どうしたらいいのでしょうか。
簡単にいえば、付け入る隙を与えないことが大切です。
転ばぬ先の杖と思って、使用する可能性のある商標は真っ先に出願をして、必要十分な範囲で商標登録を受けておく。
中国において販売する商品や提供するサービスについて、商標の使用がわかる資料を定期的に保管しておく。著作物であれば、著作権登録を受けておく。
こうした日々の対策を執ることが、安心して中国に進出することの第一歩ではないでしょうか。
このほか、海外における知財訴訟費用を賄うための保険というものも存在します。こちらも合わせてご覧いただくと良いかと思います。
中国における知的財産の保護について気になる点などがありましたら、当事務所までご相談いただければ幸いです。
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